玉串とは「榊」の木の枝に「紙垂(しで)」を施したもの。

神前式において、もっとも大切な儀式、といっても過言ではないと感じています。

木偏に神とかいて、「榊(さかき)」。

これに4つに折った紙「紙垂(しで)」を麻紐で結んだものが玉串です。

神様に思いを伝えることが出来る尊い道具とされています。
(神様に直接願いを届けるのは困難なこととされているそうで、この玉串を介して、願いを届けるのだそうです)

余談ですが・・・
お賽銭箱の前で願いごとをなさる方も多いですが(私もそうでした)、この玉串を介して、届けるのが本筋なので、お賽銭箱の前からではとても届かないよ・・・と言うことみたいです。
それ以来、私はお賽銭箱の前では、これまでの自分の行いを報告し、感謝することにしました。

さて、本題に戻すと・・・

玉串の穂先を左手、根本を右手で受けて、神前にある玉串案まで進みます。

一礼のあと、玉串を時計回りに回して神前に根本を向けて納めるわけですが、、、

この時に、穂先を立てたところで玉串におふたりで願いを込めていただくのがいいと思います。(回し方が意外と難しいので、回し方を説明するだけで願いを込めて・・・というところまでご説明をなさらない神社のほうが多いです)

おふたりでしっかり願いを込められると素敵です!

「私はこの人と夫婦として、これからの人生を共に歩んでいきます」
といった決意をお伝えいただくと良いのではないかと思います。

枝の根元を神前に向けて納めます。

玉串を納めたら、神社の正式なお参りの作法、二礼二拍手一礼でお参りになります。

手のひらには、その人が今考えていること

すなわち、結婚式の時は、愛情や、よろこび、決意、やさしさ、などが現れていると思います。
(またまた余談ですが、手当するっていいますよね? 例えば、小さな子どもがお腹が痛い、という時にお母さんの手をあててさすってあげると痛いのが治まるというようなことが語源だと思うのですが、その手にはお母さんの優しさや愛情が込められている、、、と思うと、この話はわかりやすいでしょうか?)

その手のひらに満ち溢れる思いを、拍手の「パン!」という音で神様に届けるのだそうです。

夫婦になる儀式、三三九度を受けられて、神前に夫婦になる想いをお伝えになったこの時こそ、まさに「夫婦となる瞬間」といえますよね。

ここから、先程座っていらしたところまで戻るはじめの一歩が、おふたりが夫婦として共に歩かれる最初の一歩ということでとても大切になさっておられる神社もあります。

また、この儀式までは、両家の「息子」、「娘」という立場でご両親の目の前の席に座られていたのに、玉串奉奠の後は、嫁入りの場合、(ちょっといい方が古風ですみません)ご新郎様のご両親の隣に設けられたお席に戻る。

とする神社もあるそうです。
(私は実際に拝見したことはありませんが、玉串奉奠の後は、夫婦となる=新郎家の人間ということで、新郎側の親族席に座る。という理屈らしいです)

ご新婦様の親御様にとっては、ちょっと複雑な想いを抱かれる結婚式かもしれませんが、お嫁に行く時に「お茶碗を割る」などの風習のように、もう帰ってこない、というような覚悟をご新婦様の親御様にもっていただく。

そして、ご新郎家の方々はそんなご新婦家の方々の様子を目の前でご覧になるわけですから、、、「大切なお嬢様をお嫁にいただき、これからは親族一同大切にします」という決意になるのかなぁ・・・と想像するので、それはそれでいい結婚式になる気がします。

知れば知るほど、奥が深い、神前結婚式。

続きはまた次回。